フラとバレエの間:ハワイフラ界の課題と日本人フラダンサーの苦悩(誤算)


私の尊敬する、とあるフラの先生は、バレエとフラを両方教えていらっしゃいます。生徒さんたちに、ステージ上や袖での立ち居振る舞いや、スタッフの方たちへの挨拶の仕方など、「舞台人」としてのマナーから徹底して教えていらっしゃる。大人になってフラを知り、フラを経由することでステージに立ててしまっている生温い経験しかない私は、先生に注意されている子供たちと一緒になって、お会いする度にいい勉強をさせていただいています。

その先生曰く、「フラはバレエと違うんです、まみなさん!ハワイのクム(師匠)たちは厳しい面もお持ちですが、バレエに比べると全然厳しくないですよ。それに、世界的なコンクールやバレエ団など、お教室を越えて巣立っていくということがフラにはないから、せっかく上手になるまで育てても、やめていってしまう。」

確かに、バレエダンサーは幼い頃から厳しい競争の中で鍛えられますよね。昔は先生の灰皿が飛んでくるようなこともあったのだとか。そういえばフラにおいても、気難しい師匠が怒って壁にウクレレを投げつけたという話を耳にした事があります。しかし全体としてみると、フラは「オハナ(家族)」という言葉に象徴されるような、愛情ベースで技術伝授がなされる傾向が強いように思います。バレエは支援のシステムが国際的に確立していますが、フラはそこまでないですよね。バレエに疎い私ですら知っている国際コンクールや奨学金、ダンサーとしての生活を保証するバレエ団などが複数あるのに比べて、フラは頑張って習得し、競技会で記録を持ったとしても、その先がない。

フラが今後、ハワイ性に固執し伝承文化として諸島内にとどまり続けるのか、あるいはスポーツや芸術文化として国際性と表現の広がりを獲得していくのかは、ハワイを中心としたフラの指導者や愛好家たちが決定していくことなのでしょう。少なくとも私が思うのは、せっかく頑張って日本のダンサーたちが手にしたフラの技術やその情熱が、行き場を失っていってしまっているというのは切ない事で、なにかいい方向性はないものだろうか、と思っています。

余談ですが、以前、学問を志していた時代に、大学の研究者に聞かれた事をおもいだしました。「言語のバイリンガルがあるように、身体表現にも複数文化の身体表現を同等に操ることは可能ですか」と問われ、当時の私は身近に事例を知らなかったため、否と答えました。「ああ、そうですか」という返事を教授がなさったことが鮮明におもいだされます。